稲田朋美氏の口車に乗せられてはならない
朝日新聞 web 版 2016年5月7日17時55分付の記事は,Tokyo Rainbow Pride 2016 を「視察」した稲田朋美氏の記者団に対する発言をこう伝えている:
「今まで、自民党が LGBT の問題に取り組むと言ったら、なんかこう場違いな感じを受けたが、私はこれは歴史観とか思想信条とかそういうことではなく、人権の問題で多様性の問題なので、政権与党の自民党がしっかりと取り組んで、LGBT
の方々の理解を促進していって、一つ一つの課題を解決していくことが重要だと思っている。
「息子が大学生の時、親しい友人が当事者だったこともあり、LGBT の方々の問題にもしっかり取り組まなければいけないと思った。私は色んな人たちが自分らしく生きられる社会をつくりたいと思っている。(これまでの自身の主張と矛盾しているとの批判があるが)私自身は男らしさとか女らしさということを言ったことは今まで一度もないし、男は男らしく女は女らしくすべきだというふうには思っていないし、自分自身もそんなふうにして育ってきていないので、自分としては全く矛盾はない。
「(自民党内では)えっと思う人が反対だったり、すごくリベラルかなと思っていた人が LGBT の問題には全然理解がなかったりする。今まで自分を支援してくれたたくさんの人から、なぜ稲田さんがそんなことを言うのか分からないと言われることもある。
「でも、私は LGBT の問題に取り組んで、その理解を広めることが、実は一億総活躍社会そのものだと思っている。誤解をされている方にも、しっかり説明していきたい。」
しかし,稲田朋美氏の甘言にたぶらかされることはできない.彼女は,日本会議のメンバーとして,最も家父長主義的な考えの持ちぬしのひとりである.彼女の本音は,東京新聞2016年4月29日付のこの記事に端的に表現されている:
同性婚は論外? – 自民党の LGBT 方針の愚
自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」(委員長:古屋圭司元国家公安委員長)が,性的少数者 (LGBT) に関する基本方針をまとめた.LGBTへの理解の促進に向けた議員立法を目指すが,同性カップルを結婚に相当する関係と認める同性パートナーシップ制度の導入はおろか,差別禁止規定や罰則も盛り込まれていない.研究者からは,「文書そのものに矛盾や認識不足がある」と批判の声が上がっている.(三沢典丈)
制度を直さぬままに「カムアウト不要社会」
2016年4月27日に公表された基出本方針は,「考え方」と「政府への要望」からなる.「考え方」は,社会が性的指向と性自認の多様性を受容するよう国民の理解を促し,LGBT
当事者が「カムアウト(表明)する必要のない社会」を目標に掲げる.「要望」は,教育や雇用の現場で当事者へのいじめや差別があった場合,啓発や指導を求める.
渋谷区は昨年四月,全国初の同性パートナーシップ条例を施行したが,基本方針は「慎重な検討が必要」と否定的だ.欧米各国で認められつつある同性婚については,古屋圭司氏がブログで「憲法24条に規定される両性の合意に基づいてのみ婚姻が成立するということが基本」と述べて一蹴したとおり,最初から蚊帳の外だった.
LGBT をめぐっては,旧民主党が昨年12月,雇用現場での LGBT 差別禁止を義務化し,勧告に従わない企業を公表するとともに,パートナーシップ制度も施行後に検討するとした法案骨子をまとめた.現在,与党を含む超党派の議員連盟が内容を詰めている.
他方,自民党は,2012年発表の改憲草案で,婚姻関係を定めた24条に家族の重要性を説く一文を第一項に挿入し,個人の生き方よりも過去の家父長制的な家族観を尊重する姿勢を打ち出した.今回の基本方針は,古屋圭司氏ら保守派が超党派の動きをけん制する狙いもあるようだ.
当事者を救済する前に,「意図せぬ加害者」を懸念
渋谷区の同性カップル証明交付第一号となった増原裕子さんは,「自民党が LGBT の問題解決に前向きな姿勢を見せたことは評価したい」としつつも,「今,偏見などで苦しむ当事者はたくさんいる.差別禁止の法整備に踏み込まなかったのは物足りない」と残念がる.
渋谷区と同等の取り組みは,他の自治体でも始まっている.東京都世田谷区は,条例ではなく,首長の権限で策定できる要綱に基づき,同性パートナーシップ宣誓書の交付制度を昨年11月にスタート.世田谷方式は,三重県伊賀市が既に取り入れたほか,兵庫県宝塚市や那覇市も検討している.
増原さんは,「自治体の取り組みが自民党を動かしたと思うが,今回の基本方針は LGBT をマイルドに理解していこうという内容で,どこまで実効性があるのか」と疑問視する.
東京大大学院の清水晶子准教授(ジェンダー研究)は,基本方針の「考え方」に厳しい視線を注ぐ:
「性的指向や性自認をカムアウトする必要のない社会は,誰にカムアウトするかしないかが個人の選択に任されることを大前提とする.だが,現行の戸籍や住民票の性別記載,性別変更の要件などは,この前提に反している.にもかかわらず,『考え方』には『現行の法制度を尊重する』と書かれ,変更するつもりがない.カムアウトの必要をなくすには,婚姻や家族の制度を抜本的に見直さなければならないのに,矛盾している」.
加えて,「LGBT への理解が進んでいない現状の中,差別禁止が先行すれば,かえって意図せぬ加害者が生じる」という一文を,清水晶子准教授は問題視する:
「差別は,加害者が意図するか否かにかかわらず起こる.今,偏見や差別による被害者が目の前にいるのに,その救済より前に,加害者が出ることを懸念するのは,国際的な差別撤廃運動の方向性にも逆行する.自民党の差別問題に対する認識不足が露呈されており,信じ難い論理だ」.
今や日本会議の表の顔にほかならない自民党に性的差別の問題の解決を望むことは,「百年河清を俟つ」に等しい.性的差別を解消するには,日本会議の存立を可能にする日本の家父長主義そのものを無効化することを目ざす必要がある.さもなければ,女性と
LGBT とに対する性的差別の根本的な解決は不可能である.