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鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ みんなのミサ,2019年10月20日

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ+ みんなのミサ,2019年10月20日(年間第29主日 C 年)

第一朗読:出エジプト 17,08-13
第二朗読:第二テモテ書簡 3,14 – 4,02
福音朗読:ルカ 18,01-08(不正な裁判官の譬え)

「モーセはその上に座り,アロンとフルはモーセの両側に立って,彼の手を支えた」(Ex 17,12).

今日の「裁判官 と やもめ」のお話しは,わたしのお気に入りのひとつです.それは,当時,御殿場の神山複生病院[こうやま ふくせい びょういん]にいたフランス人の Robert Juigner 神父様* が,このお話しで紙芝居をつくって見せてくれたからです.牛のようにおおきな神父様が真似てくださった〈裁判官を発狂寸前まで追い立てるくらいの〉おばあさんやもめの〈執拗にくりかえされる,甲高い声での〉訴えが,お話しのなかの裁判官の耳にではなく,わたしの耳に,いまもこびりついて離れません.修友となみだを流して笑ったのをよく覚えています.

さて,そんなお話ができないわたしは,真面目にお説教をすることにいたします.

祈っていて,ふたつのことに気づきました.

ひとつは,「祈りは難しくないらしい」ということです.

モーセのしていたのは,立って(後になると,すわって)手を上げていることだけでした.また,やもめ(Juigner 神父の紙芝居では,おばあさんでしたが,そうとは限りませんが)は,別に,主の祈りや,天使祝詞を知っているようでもなく,気散じをしないように気をつけているようにもみえません.念祷と観想の区別を意識しているふうでもありません.

祈りは,自然なもののはずです.詩編やイエスの祈る姿は,子供が父親に自分の思うこと,願うこと,欲しいものを,あるいは,日々の哀しさや嘆き,うれしいことや感謝を語るように,神様に聞いてもらうのに,似ています.どこにも形はなく,どこにも決まりがなく,いい祈りと悪い祈りの区別もありません.

ただ,もしわたしたちと違うところがあったとすれば,多分,ふたりとも,熱心に祈った,ということだと思います.やもめが何のために裁きを願ったのかはよくわかりませんが,モーセは,神に託された民,愛する民のために祈りました.しかも(聖書には,ただ,ときには「イスラエルは優勢になり」,また,ときには「アマレクが優勢になった」とだけ書いていますが)その民と同胞が,ときには剣によって打たれ,刺しつらぬかれ,騎兵の馬や戦車に踏みひしがれるのを,丘の上から見ながら,たとえ目を閉じていたとしても,兵と馬のたてるたけだけしい騒乱と,ときには民のうめきや断末魔の叫びを聞きながら,それでも祈りつづけたのだと思います.祈りの力を,すくなくとも,祈るという自分の務めを,彼はほんとうに信じていたのだろうと思います.『カトリック新聞』に,昨週,教皇がまだアルゼンチンで修道院の院長だったとき,息子の行方のわからない女性の訴えを聞いて,彼がすぐに,誰にも何も言わずに,断食をして祈りはじめた,という話しが紹介されていました**.彼も,祈りと,そして,祈るという自分の務めを,信じていたのだと思います.

ふたつめは,とても簡単です.人がひとりで祈るのは,ときとして難しく,苦しいときほど難しく,「祈りつづけるのには,仲間の助けが必要だ」ということです.

わたしたちの場合,祈る人の腕が下がらないように支えるのが祈りの助けになるかどうかわかりませんが,つらさや苦しみをもって祈っている人をほうっておかないでください.ときには本当に「しずかにしておいてあげる」ことも助けでしょう.また,あるときには,お話しを聞かせてもらうのも助けでしょう.そして,何よりも,その人のために,ときには,その人のそばで,祈ることは,大きな助けでしょう.たとえその人が何を祈ってるかも分からずとも,その願いの切実さは,かならず伝わってくるはずです.

祈って,祈って,わたしたちは苦しいときをのりこえ,苦しみが過ぎさったとき,そのときの苦しさを祈りながらとおり抜けられたなら,何もなかったかのようにではなく,感謝して心から喜ぶように召されているように思います.


注:

* Robert Juigner 神父様 MEP (1917-2013). 彼の名は,カタカナ書きでは「ジェイニエ」と表記されることが多かったようだが,フランス語の発音により近づけるなら,「ジュィニェ」.1917年12月23日,Anger で出生.第二次世界大戦中,兵役につく.1940-1941年,20ヶ月間,ドイツ軍の捕虜となった.1943年,司祭叙階.1946年,中国の貴州省の安順で宣教,司牧を開始.共産党政府によって逮捕され,10ヶ月間,投獄された後,1952年に香港で釈放.1952年06月からは,日本で宣教,司牧.東京大司教区の徳田教会,次いで,秋津教会,1972年からは,札幌司教区の八雲教会で,主任司祭.1994年から,御殿場の 神山復生病院 付 司祭.2007年10月,離日し,フランスで隠退生活.2013年05月13日,帰天.彼の 紙芝居 や カルタ は,今後も,末永く伝説として語り継がれるだろう.

** カトリック新聞 2019年10月13日付,Juan Haidar 神父様 SJ の「身近に見た教皇フランシスコ」4 :

 

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ+ みんなのミサ,2019年08月25日

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ+ みんなのミサ,2019年8月25日(年間第21主日,C年)

第一朗読:イザヤ 66: 18-21
第二朗読:ヘブライ書簡 12: 05-07, 11-13
福音朗読:ルカ 13: 22-30

そのとき,イェスは,町や村を巡って教えながら,イェルサレムへ向かって進んでおられた.すると,「主よ,救われる者は少ないのでしょうか?」と言う人がいた.イェスは,一同に言われた:「狭い戸口から入るように努めなさい.言っておくが,入ろうとしても入れない人が多いのだ.家の主人が立ち上がって,戸を閉めてしまってからでは,あなたがたが外に立って,戸を叩き,『御主人さま,開けてください』と言っても,『おまえたちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである.そのとき,あなたがたは,『御一緒に食べたり飲んだりしましたし,また,わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言い出すだろう.しかし,主人は,『おまえたちがどこの者か,知らない.不義を行う者ども,皆,わたしかた立ち去れ』と言うだろう.あなたがたは,アブラハム,イサーク,ヤーコブや,すべての預言者たちが神の国に入っているのに,自分は外に投げ出されることになり,そこで泣きわめいて歯ぎしりする.そして,人々は,東から西から,また,南から北から来て,神の国で宴会の席に着く.そこでは,後の人で先になる者があり,先の人で後になる者もある.(Lk 13: 22-30)


ミサに初めて与るときには,まわりの動作に合わせようとしたり,会衆側からの応唱についていこうとしたりして,緊張することがあります.熱心な信者さんは,司祭の唱える祈りに心を合わせようと意識を集中しようとつとめる方もいます.ですが,わたしのひとつの薦めは,周りにいる人たちのことは気にせず,「は~ぁ,この一週間,一ヶ月間,疲れた」と思いながら,ゆっくりと頭を空にして与ることです.「天のいと高きところには神に栄光」という歌も,何も考えずに,教会のきれいな天井を見上げながら,大きな声で歌っていると,だんだん日々のめんどうくさいことも忘れていって,元気になったりします.そして,司祭の説教を聴くころになると,何か良い話を聴けるかもしれないという気分になってくることもあります.そうすると,話を頑張って聴こうとするより,話しが自然にこころに吸い込まれていったりもします.

今日の福音で,「主よ,救われる者は少ないのでしょうか?」(Lk 13.23) と,ある人がイェスにきいています.「救われる者は少ないのでしょうか?」— つまり,少しの人しか救われないのではないかと懸念しているのでしょう.

この「救われる」という言葉は,あとに出でくる宴会場の「門が閉まる」(13.25) という話しと重ね合わせると,「天国に入れるかどうか」という懸念とつながっているような気がします.

さて,わたしたちは天国に入れるんでしょうか?そこに招かれる人は多いんでしょうか?あるいは,多くの人は閉め出されてしまうのでしょうか?

少し祈ってみたのですが,まずはじめに現れたのは,まるで親しい仲間から閉め出されたときに感じるような怯えと孤独感でした.もしかしたら,小学校や中学校のときにそんな経験があったのかもしれません.また,今もそれと気づかずに感じているのかもしれません.しかし,祈っているうちに,何か違う感じがしてきました.「それは,神様がわたしに示してくださろうとしているものではない」という感じかもしれません.

入れるかどうか,もしかしたら閉め出されるかもしれない,という不安 — たしかに,それは,「お前たちがどこの者か知らない」(13.25, 27), 「外に投げ出される」(13.28) などの言葉が指示するところではありますが — は,今日の福音の中心的なメッセージではない気がします.祈りながらテキストを読み返している間に,「救われる者は少ないのでしょうか?」という問いに対してイエスは直接(「少ないよ」とか「たくさん救われるよ」とは)答えてはいないことに気づきました.結局,こう感じられてきました :「救われるのかどうか」と問うこと自体に何か心のボタンの掛け違いのようなものがある.その気づきの瞬間から,祈りが心に流れ込んできた気がします.

「主よ,救われる者は少ないのでしょうか?」— こう質問する人は,もしかしたら,救われることを望もうか,望むまいか,迷ってる人のように思えてきました.「天国にはたくさんの人は入れない,もしかしたら,わたしも入れない — だとしたら,違うことを考えた方がいい.もしそうだとすれば,本当は天国に入りたいにしても,結局入れないなら,違うことを考えた方がいい.天国のことは心から締め出して,世の中で成功し,楽しいことに身を浸すことにこころを向けたほうが得ではないか」.そんなこころの動きが,この問いの裏にはあるのかもしれません.

わたしたちが天国に入れるとすれば,それはどんなときでしょうね?わたしたちが天国に入れないとしたら,それはどんなときでしょうか?これは,わたしたちがこころに浮かべるべき質問ではない気がします.わたしたちが「入る」と思っても,天国というのは相手(神様)のいる話ですから,わたしが「入ります」と言っても,「いいや,残念でした」と言われてしまったら,それっきりということになるかもしれません.

しかし,逆に考えれば,相手がいるということは救いだ,とも思えます.誰かが,悪い人ではなくて,普段の生活のときから「人をだますのはいやだなあ」とか「人を蹴落とすのはやめておこう」と思っていて,「優しい神様といっしょに住むのは気持ちがいいだろうなあ」と思っていて,心のなかにこの優しい思いの場所が増えてゆけば,天の国の門は,場合によって,たとえ閉まりかけているようなことがあっても,その門の隙間はその人の目の前で,ゆっくりゆっくり,少しづつ少しづつ,もう一度開いて行くような情景がこころに浮かびます.

ところで,わたしは,土曜日から今朝にかけて,帰省していたんですが,家には今年高校 3 年生になる姪と甥がいました.二人は大学受験をすると聞いていましたので,甥に,学校見学をしてきたかと問うと,彼は,高校の先生に,「学校見学用に準備してある日は,客寄せのようなもので,実際の学校生活とは違うから,あまり役に立たない」という旨のことを言われたそうで,「行っていない」との返事でした.わたしは,行って見るように勧めました.とりあえず行ってみて,「ああ,いいなあ,ここに来てみたいなあ」と思えれば,勉強がはかどるからと.「ああ,ここに来たいなあ」と思うと,心はまっすぐ勉強に向かいます.逆に,「受かるかなあ,受からないかなあ,どうかなあ,不安だなあ」と心配していては,心が勉強に向かい難いからです.

わたしたちは,望むものを前にしたとき,そして,そうしたときにこそ,不安を意識するものです.本当に手に入れたいものにチャレンジするとき,心はそれを失うときの不安をも予期するものです.「この人は,わたしのことを受け入れてくれるかなあ,わたしのことを話したら,今までどおりに接してくれるかなあ... もしかしたら,心を閉ざしてしまうかもしれないなあ...」.そう思えば,思えば思うほど,たとえ本当にはその人の心の扉が閉ざされていなくても,自分の方の見え方のなかで,扉の隙間は狭くなっていってしまいます.でも,そこでその狭い扉に身を入れてみれば,気づくかもしれません :「ああ,こんなに広かったんだ,この門は!」と.

「救われる者は少ないのでしょうか?受け入れてもらえる人は少ないと思いますか?」— そう質問していると,天国の門は,自然に,どんどん閉まって行く,どんどん遠くなって行く... そのような気がします.

こころの扉が少しづつ狭くなってゆくとしたら,たしかに,天の門の隙間は狭くなってゆくでしょう.そして,自分の目には閉ざされてしまっているように見える扉の前で,道の上で,泣きわめいて,歯ぎしりをすることになったら,つらいことです.わたしたちの心が自然に神様と人に向かって開かれて行くように願って,毎日,過ごすことができますように.

小宇佐敬二神父様の説教,2019年02月24日,LGBTQ+ みんなのミサ

2019年02月24日の LGBTQ+ みんなのミサにおける小宇佐敬二神父様の説教

小宇佐敬二神父様は,2017年08月以来,御病気の療養中ですが,比較的体調の良いころあいを見はからって,久しぶりに LGBTQ+ みんなのミサの司式をしてくださいました.神父様に改めて感謝します.

小宇佐神父様の熱意のこもった説教をお聴きください.音声ファイルは こちら から download することができます.

書き起こしテクストはブログでお読みください

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ みんなのミサ,2018年11月25日

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ みんなのミサ,2018年11月25日

王たるキリスト の祝日

「わたしの国は、この世には属していない」(ヨハネ 18.33b-37)

“King” と聞いて,皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。マーティン・ルーサー・キング牧師を思いうかべる人から「バーガー・キング」を思いうかべる人まで,いろいろかもしれません。わたしは,短距離走者の Ben Johnson や、ボクシングの井上尚弥、あるいは矢沢永吉をイメージしてしまいます。とはいっても,私の中で King of Rock 'n' Roll 忌野清志郎は別格です。

或るパパ様は「王」を「他のどんな者よりも秀でていて」、すべてのもの、とくに人のこころを見とおして語りかけて、またその語りかけがこころの真実にまでたっする力をもっていることで「人のこころを統べる者」だと言われたようです (cf. Annum Sacrum, Leo XIII, 1899, n.7). もちろんパパ様が言われる王はイエス・キリストただ一人のはずですが、人のこころに語りかけ、その言葉によって人の意志を何か大切なものに向けさせるのが王なら、それは部分的にはミュージシャンたちの役目でもある気がします。また少なくとも福音のなかのピラトには、権力と恐怖による「支配」は理解できても、この意味での「王」には思いいたれなかったようです。

もうすこし政治的な意味で現代で「王」とは誰でしょうか。EU が求心力を失いかけている状態では、どんな人物であるかを別にすれば、合衆国大統領と中国共産党総書記は現代の「この世の王」たちであるように見えます。この二つの国の統治制度は,日本のそれよりも、聖書が語る「国」の理論に近いように見える部分があります。どちらの国でもトップが変わると、それに合わせてたくさんの職員か制度が変わり、社会とそこに住んでいる人たちの生活も一変するからです。「統治者 / 王 (basileus)」が変わればその「統治 / 国 (basileia)」が変わるのは当然です。「統治」はその統治にあらわされた「統治者」の姿でもあります。

ともかく,わたしたちの「王」、わたしたちのこころと社会を統べる「王」が大統領でも、総書記でも内閣総理大臣でもなく、人のこころの痛みと願い、苦痛とよろこびを知り、そのすべてを自分の身に負いながら、人を癒し、なぐさめ、弟子たちを導いた方であるのはありがたいことです。

ところで,この祭日の制定を思うとき、わたしはそれをただありがたい祝いだと片づけることができません。教皇がこの祭日を宣言したのは、第一次世界大戦後、急ぎ設立された国際連盟が早々に無力化され、各国がふたたび自国の権益拡大にむけてわれ先に駆けだしたころです。王はただ一人、すべての存在を愛し、支える王だけであることを,教皇は何としてでも訴えたかったことでしょう (cf. Quas primas, Pius XI, 1925).

しかし,それ以上に,わたしにとっては「王たるキリスト」という言葉は、それにつづく期間にたくさんの人の口から叫ばれた "Viva Christo Rey !" という声と結ばれています。わたしの所属する修道会はスペインに一つの起源をもち、またそのためたくさんの会員が中米、南米などで働いています。たくさんのスペイン人の神父様がたにとってスペイン内戦 (1936-39) の記憶はあまりに苛烈なものです。たくさんの司祭は夜、連行されて,平原のなかの谷の底で射殺されました(或る神父さんは,その数は 6,000人くらいだろうと話していました)。そしてその何十倍の人たちが、戦場で、あるいは対立側の人間と見なされることでただ、逮捕され殺されてゆきました。そのなかで教会の人間はこの言葉 "Viva Christo Rey !" を叫んで銃殺されてゆきました。

もちろんこの内戦はフランコ派と共和派の戦いであり、またその後ろにいた独伊連合とソビエト・社会主義派の戦いであって,その一方に肩入れすることもできませんが、そこで射殺されようとするとき、"Viva Christo Rey !" — たとえば「王はキリスト(ただ一人)!」あるいは「キリストよ、永遠に!」とでも訳したらいいのでしょうか — と叫んだ人たちのこころには、その対立をこえて,愛によるキリストの統治、キリストの国への希求があったに違いないと思いたい気持ちを抑えられません。

「わたしの国はこの世には属していない」とイエスは言います。わたしたちにとっても同じだと思います。私たちの祖国は神の国一つ、私たちの法はイエスの言葉、私たちの王はキリストただ一人、それがいちばんしあわせな生き方だと思います。

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ みんなのミサ,2018年10月28日

鈴木伸国神父様の説教,LGBTQ みんなのミサ,2018年10月28日

「盲人の物乞いが道端に座っていた」(マルコ 10.46-52)

今日の福音は目の見えない人の話です.

インターネットのニュースで色覚異常(以前は「色盲」と呼ばれていた症状です)の方が、はじめて補正眼鏡を着ける体験が紹介されることがあります。色覚というのは不思議なもので,本当は波長の高低しかない電子線を、波長を分けてバランスをとることで、よく知られた光の三原色というダイアグラムを形成します。ですからたとえ波長上の色覚に欠けるところがあっても、そのバランスさえ補正すればほぼ色覚を再構成することができます。そう言えば簡単ですが... 一度,動画サイトで "color-blind"(英語ではこの用語はまだ使われているようです)を検索してみてくだされば、その方たちが眼鏡を着けたとたん動きが止まり、そのまましばらくしてから涙を流し、そして身の回りのものを一つ一つ自分の色覚に刻印してゆく様子がご覧になれます。見えない人が急に見えるようになるという治療がいまだ多くないのに対して、色覚異常の方は補正眼鏡を着けたときに一挙に、本当にドラマチックに新しい世界を体験します。

でも今日はこの福音を別の角度から読みで見たいと思います。というのも二つあるマルコの「盲人の癒し」の一つは、たしかにゆっくりと「見えるようになる」体験を描いていますが (8.22-26), 今日の個所は別のことを描いているように思うからです。

情景となるエリコは,いわば街道町です。山の上の街エルサレムから東に山をくだると、ヨルダン川沿いの街道にぶつかります。そこがエリコです。たくさんの人と家畜、車と荷物が土ぼこりをあげなら通りすぎてゆきます。その「路のはたに」一人の男がすわっています。しかし彼には人も家畜も目にうつりません。砂まじりの風と物音と人々の話し声が聞こえるだけです。地面の上にすわっているのでしょうから、たくさんの足音、砂利を踏む音、荷車の輪が路を踏む音を聞くでしょう。頭のうえを人の話し声がとおってゆきます。

しかし見えない人が、道を急ぐ人に普通に対等に声をかけることは難しいでしょう。この人はずっとそこにすわって過ごし、人々はどこかから来て、どこかへと向かって遠ざかってゆきます。路を急ぐ人たちは、この人とは関係のない別の世界に生きています。この人が路上にすわっているときに聞く人々の声は、どこかこの人とはまったく関係のない話し、ただのざわめきのようなものにしか聞こえないでしょう。この人は、ただずっとそこに座っていることしかない世界に住んでいるわけですから、自分とは関係のないことを話しながら通り過ぎてゆく声を、ずっとずっとずっと,砂ぼこりと風に吹かれながら,聞いていたのだろうと思います。

一日、一日がそうして過ぎてゆくなか、この人にそれまでとは違う、意味のある音が入ってくるようになります。通り過ぎてゆく声のなかで「イエス」という言葉がくり返されるのに気づきます。

願いは人のなかで気づかれることなく眠っています。それはその人が死ぬまでそのままであったかもしれません。しかし路上の、光なくすわっていたこの人のなかに、ある人の名がくり返されることで、この願いはめざめ、ついには「叱りつけて黙らせようと」してもおさえられないものになります.

いくつかの心象がわたしのこころに残ります。一つは「主がお呼びだ」という返事をもらったときのこの男の「飛び上がる」姿です。「上着を脱ぎすてて」とありますが、乞食をしている人ですからりっぱな「上着」は合わない気がします。「上に被っていたもの」ぐらいでしょうか。路上生活をしている人はよく何枚も重ね着をします。タンスはありませんから。その汚れて黒ずんでしまった厚い被りものを、まるで殻が割れてひなが飛び出してくるように、自分の両脇に置き去りにして、そこから飛び出してくる人の姿をわたしは思いうかべます。わたしはそこに長い苦痛な生活のなかで押さえつけられてきていた、彼のこころの裂け目から湧き出している、切実な願いと希求を感じます。

もう一つは「何をしてほしいか」という問いの力です。イエスはこの男に「何をしてほしいのか」と聞きます。この問いに応えてこの男は、もしかしたら生涯思いつづけていて、しかし一度も言葉にしたことがなかったかもしれない、自分の願いを形にします。「目が見えるようになりたいのです。」誰かが何か狂おしいまでに全身でねがっていることがあって、しかもそれは決して実現しないだろうと思っていれば、人は普通、それを人に気取られないように注意し、また自分の思いなかでもその思いに蓋をして、自分でも気づかないようにして過ごすでしょう。願っていることが切実であるほどそれを意識し、なおさら口に出すのは怖いものです。しかしそのときこの男は自分の思いのすべてを、自分の前に立っているはずの「何をしてほしいのか」という声の主にゆだねて、それを口にします。「目が見えるようになりたいのです。」

最後はこの男のすすんでいった「道」です。今日の福音の始めと終わりには,「道」という言葉が,とても印象的に使われています。はじめこの男は「道の端」にすわって、自分はそこにとどまったまま、右から左へ、また左から右へ近づいては遠ざかってゆく人と荷車の音を聞いているばかりでした。癒されたときは彼は、自分のねぐらに帰ることなく、その道を自分の願いをもって進んでゆくことを選びました。彼はもう目が見えるのです。同時に自分がついて行きたいをものを見つけ、もう誰かに助けてもらうことなく自分の目で見て望みに導かれて進んでゆくことができるようになったのです。彼にとって「なお道を進まれるイエスについてゆく」ことはきっとほかにたとえようもないよろこびだったと思います。

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